2000年1月1日午前6時半過ぎ、「年末年始初日の出ツアー」のメンバーは夜明け前の平良湾(東村)へ漕ぎ出した。前の晩ちょっと飲み過ぎた僕はやや二日酔い気味。それほど高くもないのに、波の揺れがいつもより大きく感じる。漕いでは止まり、漕いでは止まり、沖合い1キロくらいのところまで来たとき、水平線の上にかかっていた雲の間から、オレンジ色の光がこぼれた。波間から歓声が上がる。だんだんと大きくなる2000年の初日の出を眺めながら、僕は不思議な気持ちになった。数千年前にも、こうしてシーカヤックの上から日の出を見た人がいたんだろうなぁ…。
シーカヤックの歴史は4千年とも5千年とも言われている。いやいやもっと古いと言う人もいる。いずれにしても、人類が創り出した乗り物では最も古いことは間違いない。どんな人々が創り出したのかと言うと、極北の狩猟の民。彼らは流木や海棲動物の骨で骨組みを作ってアザラシなどの皮を張り、その表面にクジラの脂を塗って防水加工した船で、アザラシやクジラなんかを追っかけていたんだ。
スピードと機動性を高めるために船体をきわめて細くした代わりに、安定性には多少目をつむることにした。周りは氷の海。転覆して海に落ちたら1分もたたないうちに意識は無くなる。不安定な船を補ったのは乗る人の技術だ。転覆してもパドルを使ったままの状態で起きあがるロールはその代表的なテクニックの一つ。同じシーカヤックでも、乗る人のテクニックでその性能が格段に違ってくる。そこがシーカヤックの奥の深さなんだ。
この船は軽くて速くて小回りが効くという素晴らしい乗り物だったが、唯一、温度が上がると、船体の表面に塗った脂が溶けるという欠点があった。だから、このシーカヤックは南の暖かな地方には広まらなかった。南の海で生まれたのは、木をくり貫いて創る船だった。沖縄のサバニも南方系の船だ。
北の海で数千年の歴史を刻んできたシーカヤックは、プラスチックやポリ塩化ビニール、FRPという新素材の登場で世界中の海へ劇的に広まっていく。新しい旅の道具、手段として、多くの人たちがその魅力にとりつかれた。つい数十年前のことである。僕たちはシーカヤックの革命期にいると言ってもいいだろう。しかし、素材や形は違っても、人の力で進むという本質はまったく変わっていない。
僕は、これまでシーカヤックでの沖縄本島一周を6回経験している。本島から慶良間諸島、久米島まで行ったこともあるし、本島から島伝いに北上して奄美まで行ったこともあるけど、普段漕いでいるのはほとんど本島周辺の海だ。今、体力があるうちにやってみたいのは、本島から慶良間、渡名喜島、久米島、粟国島、伊是名、伊平島、与論と漕ぎ渡って、沖縄本島を遠回りに見て、感じること。沿岸沿いに一周する旅とは、また違った沖縄本島が見えてくるんじゃないだろうか。名付けて「沖縄本島そとうみの旅」、いつか実現させたいものだ。
(2000年2月)

